「観花」宜舟 gishu 江口ヨシタカ

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2015年 12月 15日

web花講座「古語拾遺」夜咄(よばなし)の花

 夜に生ける花は、白色か黄色がよいと宗恩(利休の奥さん)が云っている。
 火の灯りの中、白色や黄色であれば、本来の色を失うことがないからだ。

 しかし、現代は電気の明かり。そこで、あえて夜に紅い藪椿をいけてみる。
 一日の終わり、紅く力強い色は明日への活力となる。


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# by eguchi_gisyu | 2015-12-15 00:37 | 花講座「古語拾遺」2013-2016 | Trackback
2015年 12月 14日

web花講座「古語拾遺」vol.17「せぬひま」

 世阿弥は所作から所作に遷る「せぬひま」が見どころだと云う。
 「せぬ所と申すは、そのひまなり。このせぬひまは何とて面白きぞと見る所…」
 
 「せぬひま」とは動作が静止するところであり、この静止状態とは外側からは止まって見えるが心は十二分に動いている状態を言う。

 これを花を生ける所作に置き換え考えてみると、花を器にとめる、これが「せぬひま」ではないか。
 花をとめる所は外側からは見えない。つまり、花をどうとめるか、これが所作から所作に遷る「せぬひま」であり、とめ方で器の上の花姿も変わると思う。

 そして、花をどうとめるか。観世寿夫さんの言葉をかりる。
 「演者の姿は舞台に根が生えたような存在感を伴わねばならぬ… 舞台で立っているということは、能の場合、前後左右から無限に引っ張られている、その均衡の中に立つということなのだ。逆にいえば、前後左右に無限に力を発して立つ。無限に空間を見、しかも掌握する…」。

 花をいける、それは、あたかも自生したかのように花を均衡の中にとめること。これが大事ではないかと思う。

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# by eguchi_gisyu | 2015-12-14 00:28 | 花講座「古語拾遺」2013-2016 | Trackback
2015年 12月 11日

web花講座「古語拾遺」寄せ

 書の古典「麒麟抄」の一節
 「木立の如くに行を寄せて書くべし」。

 消息(たより)は、相手を思う心から行を寄せて書くこととある。
 木と草(花)をいける時、木と草の間が肝要。
 遠のくこともなく、近づくこともなく、草を木に寄せていける、これ大事。


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# by eguchi_gisyu | 2015-12-11 00:58 | 花講座「古語拾遺」2013-2016 | Trackback
2015年 12月 08日

時々花講座/愛敬

 稽古で使った花。
 土佐水木、日向水木、榛、榛の木、檀香梅。
 椿は、加茂本阿弥、侘助、妙蓮寺。

 枝を後に高く入れ、椿を前に低く入れるとき、専好の言葉を思い出す。

  「大輪の前置は花形を守る」

 前(前置)に入れる椿は、その美しさを誇る(我意)ことなく、
 他を守るように活けること。これ大事な心也!
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# by eguchi_gisyu | 2015-12-08 10:10 | 会記_2013-2016 | Trackback
2015年 11月 24日

フランス

 フランスのことを丁寧語を使い「御フランス」などという。いい響きだ。
 「御イギリス」や「御アメリカ」ではどうも語呂が悪い。

 映画が好きな僕にとってフランスは憧れだ。
 ゴダール、トリフォー、べネックス、カラックス…
 好きな映画監督ばかりだ。
 それに、フランス現代思想は僕を導いてくれた。

 そんなフランスで同時多発テロが起きた。

 千年の間、ヨーロッパの思想と政治は宗教が支配していた。
 しかし、民衆はフランス革命により自由と平等を勝ち取り、政治は宗教の束縛から解放され政教分離を成し遂げた。

 そんなフランスで同時多発テロが起きた。

 テロリズムの語源は「Terror:恐怖」である。
 有志連合による空爆もまたテロということだろうか。
 恐怖の連鎖は終わらない。

 政治と宗教は分離できた。
 でも思想と宗教は分離できていない。(できない?)
 もし思想と宗教を分離すことができれば、テロはなくなるのではないか。

 そして、それを分離する人道的な方法は、まさにフランス革命の理念である自由、平等、友愛(博愛)ではないか。
 そんなことを思う。

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# by eguchi_gisyu | 2015-11-24 02:35 | 随想 | Trackback