2016年 12月 28日

言葉と経験

 もう何ヶ月も花鋏を握っていない。
 実は花をはじめた頃から花を切るという行為には懐疑的であった。

 先人達は宗教的な尊敬をもって花を見、花を切り、花を生けてきた。
 僕もこの思想のもと、花を見、花を切り、花を生けてきた。
 しかし、それは観念的な言葉の理解であって経験ではない。
 騙し騙し花を生けてきたといってよい。

 師の言葉が僕の経験となり、再び花鋏を握る時はいつだろう。
 それまでは陶淵明のように破れた籬の前に座して花と語ろうと思う。
 経験が言葉を定義できるまで。

 古人が云う「草木みな物言う」と。


[PR]

# by eguchi_gisyu | 2016-12-28 21:58 | 随想
2016年 04月 25日

感会記/あるかなきか

 牡丹の美しさという「もの」は、あるかなきか。

 貫之の辞世となった句より。
 「手にむすぶ
  水にやどれる
  月かげの
  あるかなきかの
  世にこそありけれ」宜舟書

  器/ボヘミアングラス、香合盆
  花/たくさんの牡丹

e0258016_0432358.jpg
[PR]

# by eguchi_gisyu | 2016-04-25 01:04 | 会記「よい時によい友と」
2016年 04月 21日

称名・西南へ

 空を見上げ咲くハナミズキを生け、
 阿弥陀仏に帰依する。

  供物/灯明、香、ハナミズキ

e0258016_054084.jpg
[PR]

# by eguchi_gisyu | 2016-04-21 00:57 | 会記「よい時によい友と」
2016年 04月 14日

薬師/東方より

 瑠璃の杯、一献傾ける。

  花入/バカラ切子
  花/白く清らかな「一輪草」


[PR]

# by eguchi_gisyu | 2016-04-14 00:40 | 会記「よい時によい友と」
2016年 04月 08日

時々花講座/野山に生きる花

 野に咲いてる花をいったん切りとると、自然の調和は崩れ野にあるように花は生けられない。
 そこで、少しでも自然に近づくために例えば次のことをやってみる。

 1)花を摘む前に其の花をよくよく見る。
 どんな場所に咲き、今までどんな環境で育ってきたか考え観る。

 2)生まれの同じ花を取り合わせる。
 足元に咲く草花と見上げる枝を取り合わせる。

 3)器の美しさ
 美しさは花にあり、器にあり、調和の美にある。
 花の美しさと共に器の雅味を見逃してはならない。

 4)さっと生ける。
 花を生ける前、もう一度只々心静かに花を観る。
 そして、花を生けるとき「ねらいだて」はいけないと宗旦は云っている。
 花をいける前に答えを決めてしまうから「あーしよう」「こーしよう」と花をいじり過ぎ触れば触るほど花の美しさは消えていく。

 さっと生けること、やってみよう!!

e0258016_082951.jpg
[PR]

# by eguchi_gisyu | 2016-04-08 00:08 | 会記「よい時によい友と」